23/08/2025
たとえば、こたつが時空要塞だったなら
扉を開ける前のあなたへ
冬の匂いがする部屋の片隅で、 小さな王国が生まれる瞬間を見たことがありますか。
そこは時間さえも溶けていく、魔法の四角。
さあ、ページをめくる前に、少しだけ耳を澄ませて。遠くで猫が喉を鳴らす音が聞こえるはずです。
こたつは時空要塞である、と誰が言ったか。
その言葉の真意を、私、相田陽子(三十三歳、独身、区役所勤務)は、この冬、骨身に沁みて理解することになる。
十一月も半ばを過ぎ、朝の空気が刃物のように肌を刺すようになった頃、私はついに禁断の果実に手を伸ばした。
長年の逡巡の末にリビングの中央へ鎮座させたそれ――
淡い木目調の天板を持つささやかな正方形は、コンセントが差し込まれ、赤いランプが灯った瞬間から、もはやただの暖房器具ではなくなったのだ。
最初にその絶対的な引力に捉えられたのは、我が家の女王、あんこ(黒猫、二歳)である。
彼女は温かい場所を探知する能力において、NASAの最新鋭探査機をも凌駕する。
私がふかふかの掛け布団を整え、その感触を確かめようと腰を屈めた、まさにその刹那。
黒い閃光が私の足元を駆け抜け、布団の裾をわずかに持ち上げてその内部へと消えた。
まるでブラックホールに吸い込まれる星のように、あまりにも滑らかで、抗いがたい法則に導かれて。
「……あんこ?」
呼びかけても返事はない。
しんと静まり返った部屋に、ヒーターが温まる「ジ…」という微かな音だけが響く。
それが、私とあんこの、ぐうたらで、しかし真剣極まりない心理戦の始まりを告げるゴングだった。
最初の数日、私はまだ楽観していた。
新しいベッドをプレゼントした時もそうだった。
最初の三日は入り浸り、四日目には見向きもしなくなる。
猫とはそういう気まぐれな生き物だ。
今回もそのパターンだろう、と高を括っていた。
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